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広島地方裁判所 平成3年(ワ)11号 判決 1992年12月25日

主文

一  被告伊勢坊等、同広島建設工業株式会社は、各自、原告隅田統に対して金一五九六万五八九五円、同隅田美喜子に対して金一五九六万五八九五円及びこれらに対する平成二年二月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東洋火災海上保険株式会社は、同広島建設工業株式会社に対する本判決が確定したときは、原告隅田統に対して金一五九六万五八九五円、同隅田美喜子に対して金一五九六万五八九五円及びこれらに対する平成二年二月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

五  この判決は、一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告伊勢坊等(以下「被告伊勢坊」という。)、同広島建設工業株式会社(以下「被告広島建設工業」という。)は、各自、原告隅田統に対して三五三二万九六八七円、同隅田美喜子に対して三五三二万九六八七円及びこれらに対する平成二年二月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東洋火災海上保険株式会社(以下「被告保険会社」という。)は、被告広島建設工業に対する本判決が確定したときは、原告隅田統に対して三五三二万九六八七円、同隅田美喜子に対して三五三二万九六八七円及びこれらに対する平成二年二月二〇日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

日時 平成二年二月一九日午後三時五〇分ころ

場所 広島市中区羽衣町二番二〇号三景ビル先道路

加害車両 被告伊勢坊運転の普通貨物自動車

被害車両 隅田芳明(以下「訴外芳明」という。)運転の原動機付自転車

事故の態様及び結果

被告伊勢坊が加害車両を停車させ右車両から降車しようとして運転席右側ドアを開けたところ、後方から進行してきた被害車両が右のドアに衝突し、その結果、訴外芳明は、路上に転倒して更に後方から進行してきた三上敏運転の車両に轢過され、同日、脳挫傷により死亡した。

2  原告らの地位

原告らは、訴外芳明の父母であり、相続によつて訴外芳明の権利義務を各二分の一の割合により承継した。

3  責任原因

(一) 被告伊勢坊には、運天席右側ドアを開けるに際し、右後方から進行してくる車両の有無及びその安全の確認を怠つた過失がある。

したがつて、同被告は、民法七〇九条により損害賠償義務を負う。

(二) 被告広島建設工業は、本件事故当時、加害車両の運行供用者であり、また、被告伊勢坊は、同広島建設工業の従業員であつてその業務に従事中本件事故を発生させた。

したがつて、被告広島建設工業は、自賠法三条及び民法七一五条により損害賠償義務を負う。

(三) 被告保険会社は、本件事故当時、被告広島建設工業との間で加害車両につき自動車保険契約を締結していた。

原告らは、被告保険会社に対し、右の契約に関する約款に基づき本件事故によつて生じた保険金の直接請求権を有する。

4  損害

(一) 逸失利益 八七一八万九一〇七円

(1) 訴外芳明(昭和三七年五月一日生まれ)は、昭和六一年三月、中央大学商学部を卒業し、同年四月一日、株式会社広島銀行(以下「広島銀行」という。)に入社して、右会社から平成元年度に給料及び賞与として総額三八七万〇五〇三円の支給を受けた。

広島銀行における定期昇給は、原則として毎年四月一日に行われ、訴外芳明は、平成二年四月に定期昇給することが確実であつた。また、広島銀行における大卒職員の一般的平均的な年齢別給与モデルは、別表1のとおりであり、更に、右の職員は、六〇歳をもつて定年退職した後も、その社会的地位・能力からして新たな職業に就くことが確実であつて、六〇歳以降の収入も国民の年齢別平均賃金を下回ることはない。

(2) したがつて、死亡時二七歳であつた訴外芳明の逸失利益は、二七歳から五九歳までは別表1の広島銀行における前記給与モデルを基礎とし、六〇歳から六八歳までは全国民平均年齢別給与月額表による賃金を基礎として算定するのが相当であり、これからホフマン式及びライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、別表1のとおり、

<1> ホフマン式計算法では合計一億七九三五万八六一二円(二七歳から五九歳まで一億六八五一万二二一七円、六〇歳から六八歳まで一〇八四万六三九五円)

<2> ライプニツツ式計算法では合計一億四一三三万二二五五円(二七歳から五九歳まで一億三六三五万七一八三円、六〇歳から六八歳まで四九七万五〇七二円)である。

(3) なお、別表1は、二二歳時に広島銀行に入社した職員を前提とするものであるところ、訴外芳明は、二三歳時に大学を卒業して広島銀行に入社したので、これに即して前記年齢別給与モデルを整理すると別表2のとおりであるから、前記と同様の方法によつて逸失利益の現価を算定すると、別表2のとおり、

<1> ホフマン式計算法では合計一億七三七八万四九八〇円(二七歳から五九歳まで一億六二九三万八五八五円、六〇歳から六八歳まで一〇八四万六三九五円)

<2> ライプニツツ式計算法では合計一億三六三二万一九六一円(二七歳から五九歳まで一億三一三四万六八八九円、六〇歳から六八歳まで四九七万五〇七二円)である。

(4) 訴外芳明の生活費は、四割とするのが相当であるから、前記各金額のうち(2)<2>の一億四一三三万二二五五円を採用した上、これから四割の金額を控除すると残額は八四七九万九三五三円である。

(5) 広島銀行では、社員の退職時に退職金を支給しているが、訴外芳明が五六歳まで勤務して退職した場合における退職金の金額は、本俸を八五倍した八七八万〇五〇〇円と加算金八一〇万円の合計一六八八万〇五〇〇円である。

訴外芳明の退職金(本件事故による死亡退職)は、一六二万〇二五二円が支給されたにすぎないから、前記金額との差額一五二六万〇二四八円が本件事故によつて生じた損害であるところ、これから年五分の割合による中間利息を控除した右損害の現価は、ホフマン式計算法によれば五二六万一七三三円、ライプニツツ式計算法によれば二三八万九七五四円である。

(6) したがつて、訴外芳明の逸失利益は、(4)の八四七九万九三五三円及び(5)のうち控え目にライプニツツ式計算法によつた二三八万九七五四円の合計額である八七一八万九一〇七円を下回らない。

(二) 医療費等 各六七九五円

原告らは、訴外芳明の診療費、各種証明書取得費用として合計一万三五九〇円を要した。

(三) 原告らの慰謝料 各一〇〇〇万円

訴外芳明は、大学卒業後、地元有名企業である広島銀行に入社して、将来幹部となるため業務に精励したうえ諸資格を取得し、輝かしい将来を有し、かつ、近々婚姻により楽しい家庭を築くなど希望に燃えていた。両親である原告らは、辛苦して訴外芳明を養育し、同人が独立する寸前に本件事故によつて同人を失つたのであり、その悲しみは深く、当分は茫然として何も手につかない状態であつた。

原告らの右精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、各原告につきそれぞれ一〇〇〇万円とするのが相当である。

(四) 葬儀費、法要費及び墓碑建立費 各一二五万円

訴外芳明の葬儀費用は二四二万六二八四円を要し、各原告はこれを二分の一の割合で負担した。原告らは、このうちそれぞれ七五万円(合計一五〇万円)の支払を求める。

訴外芳明の墓碑建立費は六一四万八三八〇円(実費三四〇万円、墓地使用権料二七四万八三八〇円)を要し、各原告はこれを二分の一の割合で負担した。原告らは、このうちそれぞれ五〇万円(合計一〇〇万円)の支払を求める。

5  損害の一部填補

原告らは、本件事故によつて生じた損害の一部填補として合計五〇〇一万三五九〇円の支払を受け、これをそれぞれ二分の一の割合によつて各自の損害に充当した。

6  弁護士費用 各五四八万五一三四円

原告らは、原告ら訴訟代理人弁護士に本件訴訟の提起及び追行を依頼し、その報酬として各自の取得額の一割を支払う旨約した。したがつて、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、各原告につき五四八万五一三四円である。

7  よつて、各原告は、被告伊勢坊に対しては民法七〇九条に基づき、被告広島建設工業に対しては民法七一五条及び自賠法三条に基づき、右被告各自に対し、損害賠償として三五三二万九六八七円及びこれに対する本件事故の日の翌日である平成二年二月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ、被告保険会社に対しては同被告と被告広島建設工業との間の自動車保険契約に関する約款による直接請求権に基づき、被告広島建設工業に対する本判決が確定することを条件として右と同額の金員及び遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3はいずれも認める。

2  同4のうち、訴外芳明の生年月日が昭和三七年五月一日であり、死亡当時二七歳であつたことは認めるが、その余は不知又は争う。

逸失利益に関して、銀行業界においては大手銀行であつても能力主義が徹底し、業務成績が良くなければ、昇格・昇進は容易に認められないのであつて、訴外芳明が死亡しなければ、将来、原告が主張する広島銀行における大卒職員の一般的平均的な年齢別給与モデルのとおりに昇格し、収入を得られたとの蓋然性は低い。

3  同5は認める。

4  同6は争う。

三  抗弁

本件事故の発生については、訴外芳明にも大きな過失が存する。

すなわち、訴外芳明は、被害車両を運転して事故現場の手前から左側走行車線を進行していたが、加害車両が道路左端にウインカーを点滅させながら停車したのであるから、当然加害車両の運転席側ドアが開かれることを予測できたにもかかわらず、前方を十分注視していなかつたことからそのまま真つ直ぐに進行して、加害車両のすぐ横を通り抜けようとしたため、被告伊勢坊が後方を確認するため徐々に約三〇センチメートル開けた加害車両の運転席側ドアに衝突したものであり、訴外芳明には、前方の不注視及び加害車両との間隔を十分とらずに進行した過失がある。

また、訴外芳明は、本件事故当時、雨具(カツパ)のフードを頭に被り、その上に乗せるような形でヘルメツトを着用していたため、加害車両との衝突の際、簡単にヘルメツトがはずれてしまつた。訴外芳明がヘルメツトを普通に着用していれば、本件のような重大な結果には至らなかつたものとみられる。

四  抗弁に対する認否

抗弁は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3は、いずれも当事者間に争いがない。

二  損害につい判断する。

1  逸失利益 四九六三万五〇九〇円(請求額八七一八万九一〇七円)

(一)  訴外芳明の生年月日が昭和三七年五月一日であり、死亡当時二七歳であつたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、甲第二五号証、第三一号証の一ないし三、第四〇号証の一、二、第四二号証、証人竹広隆の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。

(1) 訴外芳明は、昭和六一年三月に中央大学商学部を卒業し、同年四月一日、広島銀行に入社した。

広島銀行においては、職員につき勤務成績などを基礎とする人事考課を行つてA、Bプラス、B、Cプラス、C、D、Eの七段階に評定し、B評定の大卒一般事務職員について別表1の番号1ないし33記載(ただし、ホフマン係数、ホフマン係数×年間総給与、ライプニツツ係数、ライプニツツ係数×年間総給与の各欄を除く。)のとおりの年齢別平均給与モデルを作成している。

(2) 訴外芳明は、平成二年二月当時、B評定の大卒一般事務職員として中級の資格を有し、広島銀行から平成元年度に給料及び賞与として総額三八七万〇五〇三円の支給を受けたが、平成二年四月には上級に昇格する予定とされていた。同年一〇月当時、広島銀行におけるB評定の大卒一般事務職員のうち上級資格を取得して一年目の者が支給された年間総給与額は、平成四五四万〇四〇〇円であつた。

(3) 広島銀行における大卒一般事務職員の昇格及び昇給は、当該職員の勤務年数と勤務状況などを総合してその都度決定されるものであり、将来的には予測することができず、また、一年に二回支給される賞与についても、労働組合との交渉などを経て金額が決定される。

(4) 広島銀行における職員の定年は六〇歳であり、副主事は五五歳、主事、副参事及び参事はいずれも五六歳で職位を退くが、その後も希望により先任職員として六〇歳まで勤務することができる。

職員が退職する際には、退職慰労金の支給を受け、三〇年以上勤務した事務職員が定年退職時に支給される退職慰労金の金額は、退職時の本俸に八五を乗じた金額に一定の定年加算金(上級二三〇万円、主任三八〇万円、主事補五三〇万円、副主事六五〇万円、主事七〇〇万円、副参事七八〇万円、参事八一〇万円)を加えた額である。

(二)  以上の事実によれば、訴外芳明の逸失利益を算定するにあたつては、前記の年額四五四万〇四〇〇円の給与額を基礎とするのが相当というべきであり、また、訴外芳明のような銀行員が定年によつて勤務先の銀行を退職した後、他の勤務先に再就職することは、経験則に基づき相当程度の蓋然性をもつて推認することができ、再就職後も控え目に認定した右と同程度の収入を得られるものと推認することができるから、訴外芳明が年額四五四万〇四〇〇円の収入を得たであろう期間は、六七歳までであるというべきである。

この点につき、原告らは、訴外芳明の逸失利益は別表1又は別表2の給与モデルを基礎として算定すべきである旨主張し、前記事実によれば、訴外芳明は、本件事故によつて死亡しなければ、平成二年四月に上級資格を取得した後も、勤務年数を経るにつれて次第に昇給及び昇格を遂げるものと推認することができる。しかしながら、前記のとおり、広島銀行における大卒一般事務職員の昇格及び昇給は、当該職員の勤務年数と勤務状況などを総合してその都度決定されるものであり、賞与についても将来の支給額を具体的に確定することが困難であることに照らすと、訴外芳明が支給されるであろう年間総給与額の推移が相当程度の蓋然性において別表1、2と符合することは認め難いといわざるを得ない。

また、訴外芳明の退職慰労金については、前掲各証拠によれば、訴外芳明は、定年退職時(六〇歳)までに少なくとも別表1の番号17に対応する主事に昇格し、少なくとも月額五万円の本俸を支給されるものと推認することができるから、訴外芳明は、本件事故によつて死亡しなければ、右本俸五万円に八五を乗じた金額である四二五万円に主事の定年加算金七〇〇万円を加えた金額(合計一一二五万円)の支給を受けることができたものとみられる。

なお、以上のとおり、訴外芳明の逸失利益は、控え目に算定せざるを得ないが、右の事情は後記慰謝料額の算定において斟酌することとする。

(三)  したがつて、訴外芳明は、本件事故によつて死亡しなければ、二七歳から六七歳までの四〇年間、年額四五四万〇四〇〇円を下らない収入(退職慰労金を除く)を得られたものであり、本件において認められる諸般の事情を総合すれば、右の収入から控除すべき生活費の割合は五〇パーセントとするのが相当であるから、右の年収、稼働期間、生活費控除割合に従い、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、訴外芳明の逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その金額は四九一三万三〇三〇円(一円未満切捨て)となる。

四五四万〇四〇〇円×(一-〇・五)×二一・六四二六=四九一三万三〇三〇円

また、訴外芳明は、本件事故によつて死亡しなければ、六〇歳の定年退職時に一一二五万円を下らない退職慰労金を支給されたものであるが、右は賃金の後払いとしての性格を有するものとみられるから、これについても五〇パーセントの割合による生活費を控除したうえ、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右退職慰労金に関する逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり、その金額は二一二万二三一二円(一円未満切捨て)となる。

一一二五万円×(一-〇・五)×〇・三七七三=二一二万二三一二円

しかし、弁論の全趣旨によれば、原告らは、訴外芳明の死亡退職金として一六二万〇二五二円の支払を受けたことが認められるから、訴外芳明の退職慰労金に関する逸失利益は、二一二万二三一二円から一六二万〇二五二円を控除した残額である五〇万二〇六〇円であり、右の金額に前記四九一三万三〇三〇円を加えた逸失利益の合計額は、四九六三万五〇九〇円である。

2  医療費等 各五一四五円(請求額各六七九五円)

甲第二九号証の一、二によれば、原告らは、訴外芳明の医療法人あかね会土谷病院における診療費、診断書料、処置料として一万〇二九〇円を要したことが認められ、各原告は、右の費用をそれぞれ二分の一の割合で負担したものと推認することができる。

3  原告らの慰謝料 各一四〇〇万円(請求額各一〇〇〇万円)

本件に顕れた諸事情に、逸失利益の算定に際して前記のとおり控え目な算定方法を採用したことを併せ考慮すると、原告らが訴外芳明の死亡によつて被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、これを各一四〇〇万円とするのが相当である。

4  葬儀費、法要費及び墓碑建立費 各七五万円(請求額各一二五万円)

甲第四三号証、第四四号証の一ないし二六及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、訴外芳明の葬儀及び墓碑建立などに関する費用として八〇〇万円を超える金額を支出したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある損害としては、合計一五〇万円をもつて相当と認められ、弁論の全趣旨によれば、各原告の負担割合はそれぞれ二分の一と推認することができる。

三  抗弁について判断する。

1  甲第三号証、第五号証、第八ないし第一〇号証、第一四ないし第一六号証、第一九号証、乙第二ないし第四号証、被告伊勢坊等本人尋問の結果によれば、次の各事実が認められる。

(一)  本件事故現場である道路は、通称「吉島通り」と呼ばれるほぼ南北方向の市道であり、事故現場付近において、別紙交通事故現場見取図記載のとおり、その南行き車線は、車道幅員が約八・二メートルであつて、これが白線によつて各幅員約三・二メートルの車線二つと車道端の幅員約一・八メートルの原付専用レーンに区分されている。また、右の道路は、アスフアルト舗装された平坦な直線道路であり、本件事故現場付近において、車道を進行する車両等の見通しを妨げる障害物はなかつた。

本件事故が発生した当時、事故現場付近では雨が降つていた。

(二)  被告伊勢坊は、本件事故が発生する直前、加害車両(車体の幅は一・六四メートル)を運転して、ワイパーを作動しながら「吉島通り」の南行き車線を時速約四〇キロメートルで南進していたが、前記三景ビル前付近で停車するため、別紙交通事故現場見取図記載<1>付近で減速して道路左端に寄り始め、同記載<2>付近で左のウインカーを点灯し、原付専用レーンである同記載<3>の位置に停車した。

同被告は、右のように停車した後、サイドブレーキを引き、シートベルトをはずし、ルームミラーで後方を一応確認したが、後方から進行して来る車両等がないものと軽信して、それ以上の安全確認をしないまま、停車して数秒程度後に、突然、運転席右側ドアを四〇センチメートル程度開けた。

(三)  訴外芳明は、被害車両を運転して、「吉島通り」を加害車両の後方から南進していたが、別紙交通事故現場見取図記載<3>の位置に停止した加害車両の右横を通過しようとしたところ、前記のように加害車両の運転席右側ドアが開けられた直後に、右ドアの先端部分に衝突して、右斜め前方に跳ね飛ばされ、付近を進行していた三上敏運転の普通貨物自動車の左側後輪部に激突した。

なお、訴外芳明の死因は頭蓋骨骨折に伴う脳挫傷であるところ、同人は、本件事故発生の直前、雨ガツパを着用してそのフードを頭に被り、その上からヘルメツトを装着していたが、装着方法が不十分であつたため、右のヘルメツトは、加害車両のドアと衝突した瞬間、訴外芳明の頭部から離れて前方に飛んでいつた。

2  以上の事実によれば、被告伊勢坊には、後方の安全を十分確認しないまま加害車両のドアを開けた重大な過失があることが明らかである。

被告らは、加害車両が道路左端にウインカーを点滅させながら停車したのであるから、訴外芳明は当然加害車両の運転席側ドアが開かれることを予測できたが、前方を十分注視していなかつたことからそのまま真っ直ぐに進行して、加害車両のすぐ横を通り抜けようとしたため、被告伊勢坊が後方を確認するため徐々に約三〇センチメートル開けた加害車両の運転席側ドアに衝突したものであり、訴外芳明には、前方の不注視及び加害車両との間隔を十分とらずに進行した過失がある旨主張する。

しかし、前記のとおり、加害車両のドアは停車のわずか数秒後に突然開けられ、訴外芳明はその直後に衝突したものと認められるから、同人が前方を注視していても、直前に開けられたドアとの衝突を避けることができたとはいい難く、本件事故の発生につき、同人の前方不注視の過失があつたとは認め難い。また、訴外芳明が停車した加害車両のすぐ右横を通過しようとした点についても、被告伊勢坊の過失が前記のとおり重大であることに鑑みると、これをもつて損害額の算定にあたつて斟酌すべき訴外芳明の過失とするのは相当でない。

更に、被告らは、訴外芳明がヘルメツトを普通に着用していれば、本件のような重大な結果には至らなかつた旨主張し、確かに、前記のとおり、同人のヘルメツト装着方法には不十分な点があつたことが認められるが、同人がヘルメツトを確実に装着していれば死亡に至らなかつたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、抗弁には理由がない。

四  損害の一部填補

原告らが、本件事故によつて生じた損害の一部填補として合計五〇〇一万三五九〇円の支払を受け、これをそれぞれ二分の一の割合によつて各自の損害に充当したことは、当事者間に争いがない。

しかして、本件事故によつて発生した前記損害の合計額は七九一四万五三八〇円であり、各原告が取得すべき金額は、この二分の一である各三九五七万二六九〇円であるから、これから前記填補額である各二五〇〇万六七九五円を控除すると、残額は各原告につき一四五六万五八九五円である。

五  弁護士費用

原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起、追行を委任したことは、本件記録上明らかであるから、本件事案の内容、認容額などに照らして、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、各原告につき一四〇万円と認めるのが相当である。

六  よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 古賀輝郎)

別表1

<省略>

別表2

<省略>

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